大変ご無沙汰しております。
久々に登場の竹内信紀です。
去る8月、我が家に新たに家族が増えるという一大事が起こったため、ちょっくらブログがおざなりになっておりました。
それはともかくとしまして、あまりにもポストが滞っていることを反省し、波多江と小川を交えて真剣に協議した結果、
今年の夏までシリコンバレーで活躍していた中塚隆志弁理士を巻き込んで続ける
という(謎の)方向性で落ち着きましたので、中塚さんをメンバーに加え、心機一転ポストを再開します。
今回の長期にわたるポスト停滞を通じて、人間がいかに自分に甘いかを再認識しましたので(苦笑)、内部的なエンフォースメント体制を整え(マジです!)、4人が最低月1でポスト(最低月4ポスト)しながら頑張りたいと思います。
ということで、今後ともどうぞご愛顧くださいませ。
さて、今回はSAFEに関してよく寄せられるギモンについて整理してみたいと思います。
シリコンバレーの中にいると案外気づかない(なぜなら当たり前のように利用されまくっているから)けど、太平洋の向こう側から見ると違和感を覚える、そんなポイントをまとめてみました。
(1) SAFEは修正できるのか?
定番の質問ですね。以前にも書きましたが、修正は可能です。でも、あまり修正は行われません(何度か見たことはありますが)。
「はやい・やすい・うまい」を実現するために作られたSAFEは、なるべくその趣旨に反しないように、経済条件以外は変えずに利用しましょうよといったような、なんとなくのそんな雰囲気(あいまい)が漂っているように思います。
(2) Valuation CapやDiscount Rateは投資者ごとに異なっていてもよいのか?
こちらも、よくある質問です。特に、SAFEで資金調達を行う会社側からこの手の質問をよく受けます。
答えは、
Yes
ですが、合理的な理由(例えば、時期が結構ずれているなど)なく条件を異ならせると、間違いなくトラブルの種になります笑
SAFEを発行する時点で他のSAFEの存在や条件を明らかにする義務は厳密にはありませんが、どんなに遅くとも転換が生じる次の資金調達時に誰に対してSAFEを発行していたかは、必ず明らかになります。その際に、Valuation Cap等の経済条件が違っていれば、転換される株式数に違いが生じてきますので、確実にバレます笑
バレた後にどうなるかというと、法律的にはおそらくどうにもなりませんが、不誠実認定を受けること請け合いですし、そんなレッテルを一度貼られようものなら、将来にわたって影を落とすかもしれません。
シリコンバレーの投資実務は、狭い村社会の中の信頼関係で成り立っている部分が多々あり、下手に不誠実なことをすると、あとでとんでもなく尾を引く可能性がありますので、注意が必要です。
(3) 転換される株式の内容はどのように定まるのか?変な優先株に転換されてしまう可能性があるのではないか?
SAFEは、次のラウンドの資金調達で発行される「Preferred Stock」と同一の内容の株式に転換されるのが原則です(SAFEで定義されるところの「Standard Preferred Stock」)。転換価格が次のラウンドの資金調達での1株あたりの株価よりも低い場合(Discount RateやValuation Capが発動された場合)には、Liquidation Preferenceのみ転換価格と一致させた亜種のPreferred Stockが発行されます(SAFEで定義されるところの「SAFE Preferred Stock」)。
と、ここまでは当たり前のことなのですが、何人かのシリコンバレー「外」の方から、「変な優先株に転換されたら、自分のSAFEもその変な優先株になってしまうのではないのか?それってちょっと怖いんですけど。」
といった趣旨の疑問・懸念が寄せられています。
この疑問や懸念は至極もっともなのですが、シリコンバレー村ご在住の多くの方々には忘れられがちな視点のひとつなのかもしれません。
シリコンバレー村の多くの方々は、この疑問・懸念に対して、おそらく、
「いや、ここらの投資実務には決まった形があるから、そんな変なことフツー起こらないし。」
といった答えを返してくると思われます。
そして、なんとその答えが「正解」ということになります。
この点は、やはりいわゆる「外」の方々には理解し難い面があるのかもしれませんが、実際のところ、本当にそうなんですよね。シリコンバレーの投資実務には、かなり決まった形があって、経済条件等の大きな点でトレンドはあるものの、その形やトレンドからずれることはほとんどないと言っても良いと思います。
そうである以上、そんなほとんどないであろうことを懸念し、対策を講じるのは合理的ではない(費用対効果に見合わない。そもそもSAFEで資金調達するようなスタートアップに投資するのは博打みたいなもんだし、そんなこと言ってどうすんの?)というのが、根本的な発想としてあるように思います。
この発想に対して、外の立場から異議を差し挟む余地がまったくないわけではありませんが・・・なかなか難しいかなと思います。少なくとも、シリコンバレー界隈ではSAFEがほぼそのままの形で頻繁に利用されていますし、実務がきちんと動いている以上、変なことを言うと意味不明な「ガイジン」扱いをされてしまう可能性が高いと思います。
ですので、典型的なシリコンバレーのスタートアップからSAFEでの資金調達を求められた場合には、多少不安を感じたとしても「そうゆうものなんだ。しょうがない。」と思って諦めるか、そもそもSAFEでの投資をしないかの二者択一になるのかなと思います。
野球ネタで恐縮ですが、この「そうゆうものなんだ。しょうがない。」という発想は、横浜ベイスターズのラミレス監督が異国の地・日本で成功した秘訣だそうです。ここではそうゆうもんなんだから「しょうがない」と思って受け入れるというのが、非常に重要とのこと。
話は逸れましたが、シリコンバレー村の住人の中にも、SAFEやConvertible Noteに疑念を持っている方はいらっしゃいますし(FenwickのTed Wang弁護士は、その疑念からSeries SeedというPreferred Stockでシードマネーを資金調達をすべきと主張されています)、SAFEやConvertible Noteでは投資しないよという投資家さんもいらっしゃるようですので、「そもそもSAFEでの投資をしない」という身の守り方は別に不合理というわけではありません。
自身で納得できないものにお金を突っ込むのは本来あるべき投資の姿ではないと思いますので、「そうゆうものなんだ。しょうがない。」というレベルで納得できないのであれば、SAFEによる投資は控えたほうが賢明なのだと思います。
ちなみに、Convertible Noteの時代には、転換される優先株の基本的なタームを別紙で添付しておくということがたまに行われていました。SAFEでも、同様のことはやろうと思えばやれますが、まだ実際にそのようなことをやっている例は見たことがありません(僕が見たことないだけかもしれませんが)。一度SAFEを修正しだすと、Convertible Noteがそうであったように、際限なくいろんなものが加わってくることになりかねませんので、「はやい・うまい・やすい」のシードファイナンス手法を維持するという観点からは、あまり良い方向ではないかなと思います。
(4) Conversion Eventが起こらなかったらどうなるのか?
SAFEには、大きくわけで、Equity FinancingとLiquidity Event(Change of ControlとInitial Public Offering)という2つのConversion Eventが規定されています。
ご質問は、これらのConversion Eventが待てど暮らせど起こらなかった場合にはどうなるのかというものですが・・・
何も起こりません笑
その意味で、SAFEは塩漬けになる危険性を孕んだ投資商品(?)ということになります。
もちろん、会社が解散して清算する局面になった場合には、(お金が会社にあれば)返金されることになりますが、そうではないLiving Dead状態の会社ですとか、なんかコンサルや受託でとりあえず生き長らえているけど一向に前に進めない会社ですとか、そういった会社がSAFEで資金調達をしていた場合、まさしく塩漬け状態になります。
こんな時どうするのか?
・・・契約書(SAFE)に何も書いていないので、何もできません。
ちなみに、Convertible Noteであれば満期があるため、理論上は満期になれば返済を請求できますが、実際に返済を迫る投資家は、(少なくともシリコンバレーでまともに活動している方の中では)皆無といって良いと思います。
SAFEでもConvertible Noteでも、返せなどと言おうものなら(SAFEはそもそもそんなこと言えませんが)そんな噂が界隈に広がり、意味不明な「ガイジン」扱いされるばかりか、その後まともな会社に投資できなくなるかもしれません。
意味不明な「ガイジン」扱いされて得になることは一切ありませんので、塩漬けになるリスクを懸念するのであれば、やはりSAFEで投資をするのは控える、あるいは、一部の方がやっているようにあくまでのPreferred Stockでお金を入れるというのが賢明な判断なのではないかと思います。
(5) Change of Controlの時にCommon Stockに転換されることになっているけど、Tag Alongとかないのか?
非常に鋭い視点だと思います。
SAFEは、「Change of Control」と定義されるイベントが生じる場合、SAFE保有者が、Purchase Priceの償還を求めるか、Valuation Cap等を用いて得られた数のCommon Stockへの転換を求めるかを選択できることとされています。
後者を選択するのは「Change of Controlの対価×Common Stockベースでの持分割合」で得られる金額がSAFEのPurchase Priceを超える場合なのですが、そもそもCommon Stockに転換したところで、転換されたCommon StockがそのChange of Controlイベントで譲渡されなければ、取らぬ狸の皮算用的な話になってしまうわけです。
で、Change of Controlがどのように定義されているかというと、
(i) a transaction or series of related transactions in which any “person” or “group” (within the meaning of Section 13(d) and 14(d) of the Securities Exchange Act of 1934, as amended), becomes the “beneficial owner” (as defined in Rule 13d-3 under the Securities Exchange Act of 1934, as amended), directly or indirectly, of more than 50% of the outstanding voting securities of the Company having the right to vote for the election of members of the Company’s board of directors, (ii) any reorganization, merger or consolidation of the Company, other than a transaction or series of related transactions in which the holders of the voting securities of the Company outstanding immediately prior to such transaction or series of related transactions retain, immediately after such transaction or series of related transactions, at least a majority of the total voting power represented by the outstanding voting securities of the Company or such other surviving or resulting entity or (iii) a sale, lease or other disposition of all or substantially all of the assets of the Company.
となっていまして、 (i)の部分は、要するに「50%超の議決権の移動が生じる取引」がChange of Controlですよと言っています。これ自体は、ごくごく当たり前のChange of Controlの定義です。
でも、よくよく考えると、例えば70%の株式を持つファウンダーの方々が第三者にその株式を売却する場合も、(i)の定義に従うとChange of Controlに該当するわけで、そうなると、SAFE保有者が意気揚々とCommon Stockに転換したところでファウンダーだけ株式を売り抜けてしまうような事態も生じてしまうのではないか?という問題意識が生まれてきます。
そんなことになったら洒落にならん!!!
ということで、じゃあ、Common Stockに転換したら自分の株式もChange of Controlの取引に便乗して売れるような権利を確保しておくべきじゃない?という考えが生まれ、Tag-Along Rightsって要求できないの??という冒頭の疑問に行き着く結果となるわけです。
この発想自体は、論理的には至極まっとうでして、
そりゃそうだね!
と思うわけなんですが、実際のところ、SAFEはおろかConvertible Noteであっても、そんなTag-Along Rightsを付与している例は基本的にありません。
かといって、Series AとかBとかのEquity Financeでは、ほぼ間違いなく投資家に対し、ファウンダー株式に対するRight of First Refusal(ファウンダーが自分の株式を第三者に売ろうとする場合、まずは同条件で会社と既存株主にオファーをかけることを要求できる権利)に加えてTag-Along Right(投資契約書上ではCo-Sale Rightと表現されます。)がついてきますので、シリコンバレーのベンチャーファイナンスの文脈でTag-Along Rightが存在しないというわけではありません。
では、なぜSAFE(やConvertible Note)では、Tag Along Rightが登場しないのでしょうか?
ひとつには、Tag Along Rightのようなものを付け出すと、際限なくいろんなものがつくようになってしまい、「はやい・やすい・うまい」というSAFEやConvertible Noteのメリットが大きく損なわれてしまうからというのがあると思います。
特にSAFEにその傾向が顕著ですが、なるべくシンプルに必要最低限のものだけで、という方向性とそぐわないということですね。
さらに、もうひとつ重要な点としては、
「そんな権利をつけなくても、ファウンダーだけ売り抜けるなどいうことはまず起こらない。」
という投資実務上の信頼関係がきちんと醸成されているからというのもあるでしょう。
買収者側が基本的に100%の買収を志向しているということもありますが、ファウンダーとしても、仮に自分だけ売り抜けるなんてことをしようものなら、今後、スタートアップ業界で生きていけなくなるほどレピュテーションに多大な影響が生じますので、まずそんなことをする人はいないと言って良いと思います。
ということで、こんなところでも、シリコンバレーにおける投資家とファウンダーの実務上の信頼関係という、目には見えないものが幅を利かせているわけで、「外」の人にはどうしても分かりにくいですよね。
**********
もっと簡単になる予定だったんですが、、、やたらと長くなってしまいました。。。
今回言いたかったことは、SAFEは、「はやい・やすい・うまい」というコンセプトが凝縮された非常に便利な資金調達ツールである一方で、それは、業界(というかシリコンバレー)での暗黙知や共通認識という、外部からは非常に分かりにくいものを土台として成り立っているものであるということでした。
このような非常にわかりにくいものを、「そうゆうものなんだ。しょうがない。」と諦められるかそうでないのかは、人によって価値判断は分かれると思いますが、難しいところですね。
ということで、今回はここまで。
あっという間に年末を迎えてしまいました。今年ものこりわずか、頑張っていきましょう!