アメリカでの会社設立(特に、デラウェア州での会社設立)について一通りのことを説明してから、ずいぶんと時が経ちました。しかし、説明したのは「箱」の作り方だけ。作った「箱」の中身の作りこみ方を完全に放置していました。過去の投稿を見返してみると、「一番重要なCap構成については、おいおいやるぜ!」みたいなこと言ってましたが、ぜんぜん追っていなかったですね。。。
ということで、Startupの資本構成のアレコレについて、津々浦々書いていきたいと思います。
まずは、発行可能株式総数(Authorized Shares)のお話から。
以前の投稿で、典型的なスタートアップ(デラウェア州の会社)は、発行可能株式総数を1000万株から1500万に設定してスタートを切るのが一般的だという話をしました。
→過去の記事はコチラ
その上で、通常は、800万株程度をファウンダーに割り当て、200万株程度を将来のストックオプション用に残しておく(Reserveしておく)のが一般的です。
発行可能株式総数が1000万株だとこれで丸々使い切ってしまうことになるのですが、発行可能株式総数を1500万株に設定しておくと、500万株くらい余裕を持たせておくことができます。で、余りを持たせておくと、そこそこ便利なこともあるので、多くの場合、発行可能株式総数を1500万株に設定することをお勧めしています。
どんな便利なことがあるかというと、
Co-founderになるべき人材が見つかった場合に、その人に追加で付与できる
というものの他に、
普通株式を使った簡単なシードファイナンスを、定款変更することなく実行できる
といったことが挙げられます。
発行可能株式総数にまったく余裕がないと、これらのことをやろうとしたときに、発行可能株式総数を増やす定款変更をしなければならず、無駄に数百ドルかかってしまうわけです。なので、発行可能株式総数については、多少バッファをもたして1500万株とすることをお勧めしているわけです。
ですが、発行可能株式総数を1000万株や1500万株と設定することで、あるデメリットも生じてしまいます。それは、デラウェア州に払うFranchise Taxの額が多少上がってしまうという点です。
以前の記事でも説明したとおり、デラウェア州で会社を設立した以上、デラウェア州に毎年みかじめ料的にFranchise Taxを支払わねばならないのですが、このFranchise Taxの計算方法には、発行可能株式総数をベースに計算する「Authorized Shares Method」という方法と、会社の資産価値を基に計算する「Assumed Par Value Capital Method」という方法の2種類があり、どちらか低い方の額の税金を納めることになります。
そして、前者で計算される税金額の最低額が$175(2015年9月現在)なのに対し、後者で計算される税金額の最低額は$350になっています。
で、発行可能株式総数を1000万株とか1500万株に設定してしまうと、前者の方法で計算される税金額は、それぞれ$75,175と$112,675となります。
他方で、会社の資産価値はほぼゼロに等しいですので、後者の方法で計算される税金額は、普通は最低額の$350に収まります。したがって、支払うFranchise Taxは$350という結論になるのですが、、、実は、発行可能株式総数を5000株以下に設定すると、前者の方法で計算される税金額が$175になり、後者の方法で計算される税金額の半額になるわけです。
となると、お金がカツカツのスタートアップの皆さんにとっては、発行可能株式総数を5000株にした方が合理的、という話にもなりうるわけでして、「なんでそもそも発行可能株式総数を1000万とか1500万とか巨大な数字に設定するのさ?」という疑問がごく自然に湧いてくるわけです。
そこまで考えなくても、日本で自分の会社を作る場合、多くの人が、発行可能株式総数を100株とか、1000株とかに設定していて、多くても10,000株程度だと思いますので(我々としては、日本では10,000株をお勧めしようと思っています。)、その感覚からすると、「シリコンバレーはやたらと多いな。なんでかな?」という感覚的な疑問も湧いてきます。
で、その疑問に対する答えですが、諸々言われていますが、以下の理由が代表選手として挙げられると思います。
①将来のファイナンス時(特にSeries A)の1株あたりの株価計算がしやすくなる。
シリコンバレーでは、Series Aのファイナンスは、資金調達前の会社のValuation(Pre-money)を数Millionから10-10数Millionに設定されます(最近はバブッているのでもっと高いこともありますが)。
単純に、Pre-moneyが$5Mと$10Mであると仮定して、ストックオプションを含む完全希釈化ベース(典型的には、800万株+200万株=1000万株)で1株あたりの価値を計算すると、$5Mの場合には$5M÷10,000,000株=$0.5、$10Mの場合には、$10M÷10,000,000株=$1.0になって、わーい分かりやすい、とこうゆうわけです(分かりやすさは、ひとえに分子と分母によるわけなんですが・・・)。
②将来のファイナンス時の切り下げ計算を行いやすくする。
正確には、切り上げ計算をしても「影響が少ない」ということです。
ファイナンスを実行する際には、その投資家の投資額を1株あたりの株式価値(①のとおり計算したもの)を割って、その投資家が購入する株式数を算出することになるのですが、当然、計算上は端数が生じることもあり得ます。
で、端数が生じた場合どうするかと言うと、通常は切り下げ計算を行うのですが、例えば、100株しか発行していない会社で、端数の株式が切り下げられて計算されてしまうと、投資家側からすれば、それこそ甚大な影響が生じるわけです。
これが、1000万株とか、そんな単位で株式を発行している会社の株式になると、端数を切り下げられたところで、さして大きな影響が生じません。むしろ、小数点単位で持株比率を計算できることになり、会社側からしてもとても便利です。
余談ですが、我々が日本で10,000株をお勧めしたいと思っている理由も、主にこの点です。10,000株発行できる状態にしておけば、小数点第2位まで持株比率を考えて、資本構成を検討することができるからです。
③将来の株式分割を最小限にとどめる。
少ない発行可能株式総数ではじめても、どうせ将来、株式分割で株式数を増やすことになります。特に、IPOを見据えるのであれば、株式数が少ないと、株式分割は必須になります。株式分割自体はそれほど手間ではありませんが、そうはいっても事務上の負担や費用面での負担も生じます。ならば、最初から株式数を増やしておけ、とこうゆうワケです。
④1桁とか2桁のストックオプションを渡すより、5桁とか6桁のストックオプションを渡す方が印象が良い。
感覚的な疑問に対して感覚的な回答を提供する形になりますが(苦笑)、これもひとつの理由になっているようです。発行可能株式総数を1000万からスタートさせておけば、数%や1%未満のストックオプションであっても、数十万とか数万とかそういったそれなりに見栄えのする単位になりますので(笑)、付与される側の従業員からするとなんとなくいい感じがするようです。
ここまで読んでいただくと分かるとおり、実は、シリコンバレーで発行可能株式総数を1000万株とか1500万株に設定する理由には、それほど力強い理由があるわけではありません。
最も力強い理由を挙げるとすれば、
「それでシリコンバレーの実務が動いているから」
ということになるのかもしれません。
たしかに、スタートアップにとってFranchise Taxの額は無視できるものではありません。
し・か・し
わずか$175程度の出費を惜しんで、自己流で資本構成を進めてしまうと、いざ投資を受けようとする段階で、とんでもないしっぺ返しが待っていることもあります。要するに、投資家側から、資本構成の整備を求められるわけなのですが、これがそれほど単純ではなく、意外と手間暇がかかります。そしてもちろん、リーガルフィーもかかります。その結果、$175の節約なんて、それこそアッというまに吹き飛びます(実際に、今、おそろしく手間暇のかかるスタートアップの整備案件をやっています)。
ということで、結論を言えば、この一言。
「長いものに巻かれるべし。」
1000万とか1500万とかの発行可能株式総数でスタートするという実務が動き
まくっているのですから、ここはしっかりその流れに乗りましょう。
日本はシルバーウィーク中ですね。みなさん、よい連休を!