日本における創業株に対するべスティングについて考えてみようというお話の続きです。
本当は1回で終わるつもりだったんですが、長くなってしまったので2回目に突入です。
前回は「日本の会社法には、自己株式取得について厳しい財源規制があるから会社が買い戻す形でのべスティングは難しい」という1つ目の理由について、ほんまかいなという疑問を投げてみました。
今回は「日本の会社法には、自己株式取得についてめんどくさい手続規制があるから会社が買い戻す形でのべスティングは難しい」という点についてみていきたいと思います。
株式会社である日本のスタートアップが特定の相手方(=創業者)から株式を取得しようとした場合、会社法に素直にのっとると、以下の手続が必要になります。
① 株主総会による基本事項の特別決議
② 取締役又は取締役会による取得価格等の決議
③ ②の決議の株主への通知
④ 株主による申し込み
しかも、特定の相手方から株式を取得しようとした場合、会社法上は、①の決議に関して「自分も売主に加えてくれ!」と請求する権利が他の株主に認められています。「ミニTOB」などと言われることもありますが、実際にこの権利が行使されてしまうと、本来予定していた取得ができなくなったり余計な出費が生じたりするため、非常に厄介なことになります(上場会社が自社株買いをしようとする場合、上場している株式(普通株式)については金融商品取引法に従って、いわゆる自社株TOBを行わんこともあるわけですが、上場会社でも、上場していない種類株式の整理などでは、このミニTOBが活用されたりもします。あとは、非上場会社でも、支配権争いが起こった時などにこのミニTOBを活用して資本関係の整理をしたりすることもありますが笑、それはまた別の話です)。
このように、会社法に素直にのっとって特定の株主(=創業者)から株式を取得しようと思うと結構メンドクサイ・・・というのはそのとおりかと思います。
しかも、①の決議をとるために株主総会を開く必要があり、そのためには、やれ総会招集通知のための取締役会だ、やれ招集手続だ、なんてことも考えなければならないかもしれず、それは確かに厄介だなと思うわけです。
ただ、ミニTOBについては、定款でミニTOBはナッシングよと規定しておけば他の株主に請求権は認められないこととされています。実際、弁護士が定款作成から関与した比較的多くの会社の定款にはこのミニTOB排除条項が入っていますので、まっとうな専門家にきちんと依頼して会社を設立していれば、この点はあまり障害にはなりません。
ちなみに、このミニTOB条項ですが、当初の定款にこれを排除する規定が入っていない場合に事後的にこれを排除しようと思うと、結構手間がかかります。というのも、ミニTOBはナッシングよという規定を後で定款に入れるためには、なんと株主全員の同意が必要とされているからです。株主が創業者等のごくごく少数に限られている時にはまだ大丈夫ですが、外部投資家が入ってきたり従業員株主が登場したりして株主が増えてしまうと、現実的に不可能なんて事態も有り得ます。ということで、当初の定款でしっかりミニTOBを排除しておきましょう。
また、②の取締役/取締役会決議についても、これも大した負担ではないでしょう。スタートアップの場合、通常は譲渡制限会社ですので、創業者間同士で買い戻しをする場合でも、結局は取締役会の決議(取締役会非設置会社であれば株主総会の決議)が必要になりますので、別にプラスαで手続きが必要になるというわけではありません。単に手続の中身が変わるだけです。
やはり負担が大きいのは、①の株主総会の開催という点でしょうか。「株主総会の開催」と聞くと、やけに仰々しく聞こえますし、たしかに、相当数の株主を持つ一定規模以上の会社さんが株主総会を開こうとすると、それはもうオオゴトです。しかし、べスティングがまだ幅を利かせているようなスタートアップでは、そこまで負担がかかることもないかなと。
要は、ちゃちゃっとペーパーを作って手続を指示してくれるアドバイザーがいて、会議室などのちょっとした環境さえ確保できれば、株主総会なんてあっという間にできちゃうわけです。
さらに、売主である特定の株主(=株を買い戻されちゃう創業者)にはこの株主総会での議決権行使が認められていませんので、そうなると、株主が共同創業者2名だった場合はもとより、そうでない場合であっても、議決権を行使できる株主全員の書面による同意という制度を利用して株主総会を開催せずに済んでしまう可能性も十分にあります。
残る問題は④株主の申し込みというやつで、要するに売主である特定の株主(=買い戻されちゃう創業者)がOKしてくれなかったら買い戻せませんよという話なんですが・・・これって、創業者間で買い取る場合も一緒ですよね。
もちろん、創業者間で結ぶ契約に「一定の場合には、株式を譲渡することに合意する」みたいな条項は入っているわけですが、この手の契約を行うことが会社と創業者間で禁じられる理由はないと思いますし、契約したところでごねられたら大変という点でも両者に変わりはありません。ということで、④も障害にはならない、と。
ということで、「会社法上の自己株式取得に関する手続規制」という観点については、おそらく一番問題になりうるのは「株主総会開かなきゃならんやん」という点なんだろうと思いますが、さっき言ったとおり、べスティングがワークしているような段階の会社であれば合理的にちゃちゃっと開催することもできると思いますし、書面同意で代替できる可能性も結構あります。なので、この規制の存在が日本において会社が買い戻す形でのべスティングを難しくしているかというと、そうゆうわけではないかなと思うわけです。
ちなみに、この記事を書いていて思いましたが、何で株主総会に代わる書面同意って株主全員の同意じゃなくちゃいけないんですかね。。。別に過半数でええやん、どうせ株主総会開催したって過半数で決まるんだから、と思うんですが。
ちなみに、デラウェア州の会社法では、株主の書面による同意は過半数でOKとされているため、非常に楽チンです。株主総会に代わる書面同意が過半数でOKとなってくれれば、ますます「会社法上の自己株式取得に関する手続規制」が障害となる可能性は低くなるな~と思った次第です(今年の特別国会くらいには提出されるというウワサの会社法改正案で話題の「電子株主総会」の議論が更に進んでいくと、こういった規制自体もそのうち変化してくるのかもしれませんね。)。
と、前回から2回にわたって見てきたとおり、会社法の財源規制は確かに会社による買戻しにあたって障害となりうるものではあるけど、別に会社による買戻しが絶対ダメという根拠にはなりませんし、また、会社法上の自己株式取得に関する手続規制も会社が買い戻す形でのべスティングを難しくしているという根拠にはなっていないと思います。
なんとなくですが、「会社法上における財源・手続両面における自己株式取得規制の存在」というぱっと見に迫力あるフレーズがちょっと一人歩きしてしまった結果、なんとなく日本では会社による買戻し形式でのべスティングが難しいような雰囲気が醸成されてしまったのではないでしょうか。
実際のところは、日本法においても会社による買戻しも十分可能であり、少なくとも「原則として会社による買戻し。それが諸般の事情によりできない場合には会社が指定する者による買戻し」という形にしておけば、十分にワークすると思います。
そうなると、日本におけるべスティングスケジュールを考えるにあたっては、会社による買戻しが良いのか、それとも創業者による買戻しが良いのかという判断を別の考慮要素に基づいてしなければならないことになりますが、その際に見逃してはいけない重要な点としては、買戻しに関する税務処理が挙げられると思います。
ということで、次は、創業者間で株式を買い戻す場合と会社が創業者から株式を買い戻す場合とで日本での税金にどのような差があるのか、検討していきたいと思います。
今回もなんだかんだで3,000字超…ちょっと長いですね。
引き続き、税務関係のお話にもお付き合いくださいませ。
今週もなんとか乗り切りました!みなさん、よい週末をお過ごしください(日本はもう週末も半ばですが)!!!