ここ数回、アメリカにおける創業株に関するべスティングについて説明しました。
創業かぶとの関係でのべスティングというのは、つまるところ、創業者が一定期間内に会社を辞めてしまった場合には会社が購入価格(あるいは、その時点のFair Market Valueが購入価格より低い場合にはその価格)で買い戻しますよというお話でした。
この場合、買戻しを行う主体は会社であり、したがって、べスティングに関する契約は会社と創業者の間で締結されることになります。
これに対して日本では、創業者間でべスティングと買戻しに関する合意を行うことがまだまだ多いように感じられます(といっても、シードラウンドでもVCが入った時点で遡って創業株に会社またはVCにより買い取る旨のベスティングを付けるよう求められることがちょこちょこ出てきていますが)。この場合、買戻しの主体は会社に残る片割れの創業者の方であり、したがって、べスティングに関する契約は創業者間同士で締結されることになります。
今回のポストでは、なぜ日本では創業者間同士での契約でべスティングを定めるのか、本当にそれが必要で合理的な実務なのかについて、ちょっくら検討してみようと思います
前回、「べスティング」という言葉がどんな意味を持つかについて解説しましたが、「べスティング」という言葉が持つ意味自体は、日本もアメリカも変わりはありません。
つまり、日本の新株予約権との関係では、べスティングは「権利行使の条件」として定められることが一般的であるため、アメリカのStock Optionと同じく、
「いままで行使できなかったのに、行使できるようになる」
↓
「わーい、権利確定!」
という話がそのまま当てはまります。
また、創業株との関係では、創業株のオーナー自体は創業者自身であるものの、一定期間内に会社を去ってしまった場合には買い戻されてしまいますよという話はアメリカの場合と一緒ですので、やはり、
「買戻権が外れた」
↓
「自分の株式が買い戻されることがなくなった」
↓
「わーい、株式が完全に自分のものになった!」
という意味で、権利が「確定」しているという意味合いです。
このように、いったん株式を付与した上で一定期間内に辞めてしまった場合に買い戻すというべスティングの仕組みを「リバース・べスティング」と言ったりしますが、創業株に関しては、アメリカでも日本でも等しく「リバース・べスティング」なわけです。
問題は、日本の場合には買戻す主体が会社ではなく会社に残る創業者だという点なわけですが、このような仕組みを取る理由についてはよく以下の2つの理由が挙げられています。
① 日本の会社法上、自己株式取得には財源規制があるから。
② 日本の会社法上、自己株式取得にあたっては非常に煩雑な手続きが必要になるから。
ということで、これらの2点について、果たして本当に合理的な理由なのか個別に見ていきたいと思います。
まずは、財源規制の点から。
会社法では、自己株式取得に使うことのできるお金が限られています。
具体的には、「分配可能額」というものに限定されていて、この分配可能額がない限りそもそも自己株式取得はできないこととされています。分配可能額がないのに自己株式取得をしてしまったらどうなるかというと、その自己株式取得にGoサインを出した「業務執行者」はもとより、なんと自己株式を取得してもらった人(お金を受け取った人)まで連帯して返還義務を負うこととされています。さらには刑事罰なんて物騒な話も登場します。
じゃあ、その「分配可能額」ってなにかというと、大雑把に言ってしまうと「剰余金の額」(からアレコレ引いたモノ)でして、「剰余金」というのは、自己株式なんか存在しないスタートアップを前提に超ざっくり言ってしまえば「資産-負債-資本金-準備金」ということで、まあ要するに自由に使ってよいとされているお金なわけです(ざっくりしすぎですねw)。
ということで、会社法上、この自由に使ってよいお金がない限りそもそも買い戻せませんよとなっているわけで、それゆえに「会社が買い戻す形でのべスティングは日本では難しい」と言われているようです。
ただ、本当に「難しい」のか冷静に考えてみる必要があるかなと思います。
実は、アメリカの会社法(典型的にはデラウェア州)にも、財源規制と言えるような規制は存在しています。
たとえば、デラウェア州会社法160条(a)(1)では、
「no corporation shall purchase its own shares… of capital stock for cash…when the capital of the corporation is impaired or when such purchase…would cause any impairment of the capital of the corporation」
とされていて、会社の資本を毀損するような自己株式の取得は禁止されている上、Klang v. Smith’s Food & Drug Ctrs., 702 A.2d 150 (Del 1997) という判例で、
「A repurchase impairs capital if the funds used in the repurchase exceed the amount of the corporation’s “surplus”」
(買戻しに用いられた資金が「剰余金」の額を超過する場合には、当該買戻しは資本を毀損するものである)
という判断がなされているため、少なくとも法律(及び各種の判例)上は日本と同様の財源規制が存在しているとも言えます。
にもかかわらず、アメリカでは「財源規制があるから会社が買い戻す形でのべスティングはちょっとな~」なんて議論はとくと耳にしません。
この主な理由は、デラウェア州の会社法が、日本の会社法のようにかっちりとした資本金・準備金や剰余金の制度を採用しておらず、むしろ、資本(Capital)と剰余金(Surplus)の振り分けをBoardが自由にできる(=買取金額を捻出しようと思えばBoardの決定ですぐにできちゃう)ことを原則としているからです。
たとえば、Series Seedなどで$1M調達した場合、そのうち$900,000を剰余金(Surplus)とし$100,000を資本金(Capital)にするなんて取り扱いも可能ですし、極端な話$999,999を剰余金とし資本金は$1のみとすることも、(後で述べるようにPar Valueにもよりますが)Boardの裁量で基本は可能です。
ですので、仮に創業株等の買戻しが必要になった場合にその時点のB/S上で剰余金(Surplus)がないな~なんて事態になっていたとしても、やろうと思えばすぐに剰余金(Surplus)は捻出できてしまうのです。
しかも、買戻価格は通常購入価格とイコールで、その上購入価格はノミナル(例えば$0.00001)であることがこれまた通常ですので、そこそこまわっている会社であれば、その程度の剰余金(Surplus)を捻出できるのが通常です。
ということで、アメリカでは、日本と同種の財源規制といえるようなものはあるものの、資本金(Capital)と剰余金(Surplus)の振り分けがすんごい柔軟であることから、会社による買戻という実務がワークしているという面があります。
これに対して、日本の会社法では、株式を発行した際に会社に払い込まれる額のうち最低2分の1は資本金に参入しなければならず、残りの2分の1も準備金としなければならないこととされています(細かい話ですが、払込価額が割り切れない場合には、資本金を1円上回らせます)。
しかも、一度資本金と準備金に振り分けられてしまったが最後、これを減少させることは簡単ではありません。原則として株主総会の特別決議が必要になりますし、それよりなにより、債権者異議手続という、最低1ヶ月かかる上に官報での公告や原則として個別債権者への催告が必要になる(=強制的に10万円前後の出費を迫られる)超がつくほどめんどくさい手続が存在しているため、費用も時間もかかります。
日本法においても、これらの手続きをしっかり踏めばアメリカと同じように資本金を1円、準備金を1円にして後は剰余金にするなんて極端なこともできるわけですが、いかんせん無駄に費用と時間がかかるため、特にスタートアップの段階で創業株の買い戻しに備えてこんな厄介な手続を取るのは、現実的ではないのかもしれません。
こう考えてみると、確かに、日本法における財源規制というのは、会社が創業者の株式を買い戻すにあたっては結構な障害となっていそうな雰囲気ではあります。
ただ、だからといって、別に会社による買戻しが絶対ダメってわけではないんですよね。
それなりに利益が上がっていて剰余金がしっかりあるような会社であれば、別に会社が買い戻したっていいわけですし。日本の場合、創業者が結構な額の手金(数百万とか、場合によっては数千万円)を創業株につぎ込んでいる例もあり、そうなると、その分を買い戻すのは難しいという場合もあるかもしれませんが、そうではなく、シリコンバレーのように創業者がノミナルの金額(1株1円とか1銭とか、あるいはそれ以下)しか出資していないのであれば、日本においても、会社による買戻しが実現する可能性は出てくるような気がします。
ですので、財源規制があることを踏まえても、会社による買戻しを選択肢として確保しておいてもいいのではないでしょうか。
例えば、「会社による買戻しを1次的な選択肢としつつ、諸般の事情によるそれが不可能である場合には、会社の指定する者(他方の創業者等々)に買い受けさせる」といった内容でも十分にワークするように思います(この趣旨を踏まえ、最近は、買戻しの主体を会社と創業者の両方としつつ、単に連帯責任で買い戻すとだけ規定している例も増えてきています。)。
ということで、日本法における財源規制の点は、創業者間で買戻しを行うことが「必要」であるという理由にはならないなというのが個人的な考えです。
ところで、完全に蛇足ですが、財源規制云々というこの論点、個人的には日本人によくみられる「きっちりカチカチ感」が影響している部分があるようにも思います。
実は、資本金と剰余金の振り分けが超柔軟なデラウェア州の会社法においても、Par Value(額面)のある株式については最低限Par Value分は資本に振り分けなきゃダメよというルールも存在しているため、Par Valueが$0.00001の株式を$0.00001で創業者が創業時に買い受けるというシリコンバレーの典型的な実務を前提にすると、創業者が支払った額は全部資本(Capital)に計上されるべきことになります。
そうなると、売り上げなんか立っていない、しかも、外部投資家からの投資を受けていないような初期のスタートアップさんの場合、剰余金(Surplus)はゼロとなってしまうこともあり、したがって、この段階で創業者の片割れが会社を去ったとしても会社による買戻しは(少なくとも理論上は)できませんという結論になることもあるはずです。
が、現実には、この手の買戻しは頻繁に行われています。おそらく、最終的に買収された会社や上場した会社でも、過去を紐解いてみるとこの手の買戻しを行ったことがあるなんて例はざらにあるのではないでしょうか。
どうやって?
おそらく、
「そんな少額の買戻し、誰も文句言わんでしょう。え?会社を去った創業者からの訴訟リスク?それって現実的なんですか?」
といった合理的な発想が裏にあるのかもしれません。
このブログを始めたころに書いた「合理性」というキーワードが、ちょっと垣間見えているのかもしれません。
この手の発想が素晴らしいと言いたいわけではないのですが、日本で同じような発想に基づいて買戻しをしようとすると、まず間違いなく弁護士からネガティブなコメントが入るでしょうし、将来首尾よくM&AやIPOまで進んだ際にも法務DDでねちっこく指摘されること請け合いです。
江頭憲治郎大先生が「取得財源規制に違反する自己株式取得は、無効である」なんて正面きって宣言されているので仕方のない部分もあるんですが、会社法制定者の方々は「無効じゃないよ。単に業務執行者等に支払責任が生じるだけだよ」と理解しているようですし、刑事罰だって、この手の買戻しに関連して現実的に課されるかといったら・・・大きなはてな(?)マークがつくと思うのですが。。。
あんまり弁護士が言うようなことでもないですが、スタートアップ支援を考える際には、この「合理性」という発想を多少重視してもいいのかなと個人的には思うところです。とはいっても、そんなコンセンサスができあがらない限り、勝手に合理性を重視しても迷惑をかけるだですので、個人の思いで突っ走るわけにも行かないというのが悩みの種ではあるのですが・・・
本当は1回で終わらすつもりだったんですが、気づいたら4000字超えてますね(笑)
長くなってしまうので、手続規制の点については次回ということで。
日本ははやくも金曜日。みなさん、よい週末をお過ごしくださいませ!!!