パテント・キラー
Kyle Bass(カイル・バス)という著名なヘッジファンドマネージャーが率いる組織が、医薬品関連特許を無効にするため、USPTO(米国特許商標庁)にInter Partes Review(当事者系レビュー)(注1)を複数申し立て、少し話題になっています。Financial Timesによれば、投資戦略の一環として特許の有効性を争うというのは初めてとのこと。
その戦略というのは要するに、医薬品製造業者を対象に、
弱い特許(しかもその特許が売上げの大きな割合を占めるような会社のもの)を探す
↓
その特許を無効にする申立てをする
↓
勝てば、あるいは申立て自体によって、対象会社の株価が下がる
↓
(安く買収?する)(薬価が下がる?)
というもので、なんというか、まさにアメリカ的現象です。今回の件は、一度これを申立てただけで特許権者側の株価が10%下がったと報道されています。パテント・キラーといったところでしょうか。
なお、バス氏は公には投資戦略だとは述べていないようで、一応大義名分は薬価を下げることだそうです。原告の名前も、Coalition for Affordable Drugsという団体になっています。 アメリカ的ネーミングです。
この戦略に関する1月のバス氏の発言についてはコチラに記事があります。
なお、Ferrum Ferro Capitalという別の同種団体による同種のInter Partes Reviewの申立ても続いているとのことです。若干世知辛いです・・。
(注1) Inter Partes Review(当事者系レビュー):出願され登録に至った特許について、新規性がない、あるいは自明だ(既存技術から容易に考えつく)という理由で、無効にすることができる手続。このInter Partes Reviewというのは、2011年9月の米国特許法大改正によって、2012年からスタートしたUSPTOでの手続で、一言で言うと、イノベーションとしての価値が大して高くないのに登録された特許(良くない特許)を無効にするためのものです。改正前は当事者系再審査(Inter Partes Reexamination)と呼ばれ、ディスカバリーができませんでしたが、改正後は限定的にディスカバリーが導入されました。Inter Partes Reviewレビューは基本的に誰であっても申し立てることができます。2012年からの申立件数は約3000件で、一説によるとUSPTOの予想を5倍も上回る件数になっており、かなりの割合で特許が無効とされているといってよいと思います。
(今朝のサンフランシスコ)
2つの米国特許法改正案
さて、このような投資(に見える)目的でInter Partes Review手続を活用することを公言すると、「投資のための制度ではない」「濫用だ」などといった批判が当然出てきます。
この批判に同調するかのように、さる3月5日、上院で、Inter Partes Review手続の申立適格を特許侵害訴訟の被告等のみに限定するという結構ドラスティックな限定を含んだ新法案、その名もSTRONG Patents Act of 2015が提出されています(注2)。STRONGは、Support Technology and Research for our Nation’s Growthの頭文字、特許を強くするんだというダンコたる意気込みの表れであり、またもアメリカ的ネーミングです。
(注2) その内容は多岐にわたりますが、主だったところで言うと、
・Inter Partes Reviewの申立人は、Clear and Convincing evidence(明白かつ説得的な証拠)による証明責任を負う
・Inter Partes Review手続内において特許権者がクレームの補正をしやすくする
・悪意あるDemand Letter送付にはFTCによるエンフォースメントを可能にする
などだそうで、3点目などは非常に面白く気になるのですが、後述のとおり成立は難しそうです。
この新法案は、しかし、必ずしもバス氏の動きに応じて提出されたものではなく、もともとはパテント・トロール(注3)問題への対応にまつわる法改正の文脈の中で生まれたものです。
具体的には、Innovation Act法案というのが既に今年2月に下院に提出されていて、これは、一言で言うと、パテント・トロールによる訴訟を防ぐために、全ての特許訴訟の提訴のハードルを上げよう(≒特許の権利を弱くするベクトル)という内容になっています(注4)。
STRONG Patents Actは、このInnovation Act法案に対する対抗案だというわけです。
(注3) パテント・トロールとは、正式な定義はありませんが、一般には、特許を買い集め、自らその特許をを用いてビジネスをしないが、その特許を侵害する疑いのある製品を見つけて特許訴訟を提起し、賠償金やライセンス料を得るなどする組織のことを言い、ネガティブな意味合いが含まれています。最近ではネガティブなニュアンスを排除する趣旨で、NPE(Non-Practicing Entity)と言ったりもします。
(注4) 主な内容としては、弁護士費用敗訴者負担原則(後述)、提訴者の主張書面の記載要件のハードルを上げる、Inter Partes Reviewのレビューの基準を厳格化するなど。これはこれでやり過ぎとの批判もあります。ちなみに、Innovation Act法案は昨年下院を通過したもののその後弁護士関係者と製薬関係者のロビイングにより上院でボツになったやつ、とほぼ同内容のもの。
筆者の知る限り、パテント・トロールというか、要するに特許訴訟の濫用的側面は問題意識としてだいぶ根付いてしまった感があり、また報道、弁護士たちの話、Alice最高裁判決(注5)そしてその後の関連判決などなどを見たり聞いたりしていると、業界全体に一般的な「特許に対する懐疑」とでもいうような空気も感じられます。
「世の中にはショボい特許がたくさんあるんだ」(By 筆者が学んだ特許法の教授)、要するにそういうことであり、今、大きな流れとしては、特許を弱くするベクトルが存在しているようであります(注6)。そういうこともあって、STRONG Patents Act法案はまず成立しないというのが多くの見方のようです。そうすると、投資戦略としての特許潰しという現象にも、大きな支障は生じないことになりますね。
(注5) Alice Corp. Pty. Ltd. v. CLS Bank Int’l, 134 S.Ct. 2347 (2014)。決済取引に用いる、コンピュータを用いた電子エスクローサービスに関する発明の特許性を否定した連邦最高裁判決。その後の判決で、同様に「抽象的アイディア」に過ぎないと判断されたソフトウェア特許が多く無効とされています。
(注6) なお、Innovation Act法案のスポンサー議員たちも、特許を弱くしましょうと言ってるわけでは全くなくて、言い方は「NPEによる、クオリティの高くない特許に基づくゆすり的な特許訴訟を排除することで、特許制度全体を強くするんだ」となります(Goodlatte下院議員の公聴会での発言・要旨)。
なおInnovation Act法案の方も成立するかどうか全く分かりませんが、参考までに、同法案の中のおそらく最も重要な(あるいは最も賛否が拮抗しているように見える)改正点の1つとして、弁護士費用を含む費用の敗訴者負担ルール(Fee-shifting provision)があります。これは、裁判所が敗訴者の提訴等を合理的に正当化できると判断しない限り、又は敗訴者に負担させることが正義に反すると判断しない限り、敗訴者が勝訴者の訴訟費用を負担するとするものです(注7)。
昨年の重要判例のひとつに、特許訴訟において敗訴者に勝訴者の弁護士費用を負担しやすくした判決がありましたが(注8)、この法案はそれをさらに推し進めて、原則的に敗訴者費用負担とするものだといってもいいと思います。
(注7) ”unless the court finds that the position and conduct of the nonprevailing party or parties were reasonably justified in law and fact or that special circumstances (such as severe economic hardship to a named inventor) make an award unjust”
(注8) Highmark Inc. v. Allcare Health Management Systems Inc.とOctane Fitness LLC v. Icon Health & Fitness Inc.の2件。結構画期的な判例変更だとはいえ、敗訴者費用負担はあくまで例外であり、「実際にはそんなに敗訴者負担にはならないっしょ」というのが大方の保守的な?見方。
しちめんどくさいけど正しいプロセス
化合物、つまり薬の優れた特許というのはなかなか出てこない現状があり、バス氏が言うとおり、用量の限定や、製剤関係技術等、いわば「新しい薬」によるブレークスルーとまでは言えない特許が多いのだという現象は認識していますし、特許の審査基準は国により同じではないとはいえこのような弾切れ感は世界中同じだとは思われるので、なかなか普遍的で鋭いところを突いてきたといえるかもしれません。
賛否はともかく、どちらかというと特許を弱くしようというベクトルが見られる政策議論の中、斜め上?から、その流れに乗るかのような動きが生まれてくるあたり、米国ビジネスのしたたかさのようなものを感じます。パテント・トロールという問題を孕む現象を政策・立法で手当てすると、また別の新しいビジネス現象が生じるという、めんどくさいけど正しいプロセスが機能しているような印象を持ちます。
ちなみに、この新しい特許潰し、Inter Partes Reviewの申立て費用だけで$23000、弁護士費用等も入れるとすぐ十万ドル百万ドル単位の費用がかかるので、結構な金持ちじゃないと取れない戦略です。
このように、特許立法政策が若干混とんとしつつあるとすれば、知的財産保護として重要性を増すかもしれない分野の1つが営業秘密法です。こちらも米国で今年は大きな動きがありそうだということで、近々営業秘密保護法に関する最新情報についても書きたいと思います。
それにしても、アメリカの議員立法は本当に多いなと、最近特に敬服しております。