忘れられる権利 雑談(2)~Right to Obscurity、新カリフォルニア州法など

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Right to Obscurity(続き)

Brill氏は言います(要旨):

「昨年のEUの判決は、忘れられる権利(Right to be Forgotten)ではなく、Right to Obscurityと分類すべきで、これは、米国法と両立可能なものです。」

「米国法には、例えば、FCRA(注1)や新しいカリフォルニア州の「消去ボタン法(Eraser Button Law)」(後述)があります。これは、まさに、パーソナルな情報が、誰にも簡単には入手できない状態にする権利を認めているもので、Right to Obscurityのあらわれです。」

(注1) FCRA(Fair Credit Reporting Act)は、個人の信用情報の取扱い・プライバシー保護に関する連邦法。例えば、FCRAによれば、信用調査機関は、未払債務や民事判決その他の不利益情報については、7年経過時に、本人の請求なくして記録から削除、倒産情報も10年で自動的に削除されます。また、個人は、信用情報レポートの本人の情報に対するアクセス権や訂正権も認められています。

Obscurityって、難しいし日本語に訳しにくい言葉ですが、Brill氏によると、Obscurityの意味するところはこうです(要旨):

「パーソナルな情報が、単に誰にも簡単には入手できない状態のことです。情報が完全に削除されたり、ロックされたりしている必要はなく、いくつかの要素の組み合わせによって、情報は相対的に見つかりにくく(obscureに)なります。」

情報コントロールや削除というようなアクティブな内容ではなく、ディフェンシブなニュアンスのある、見つからない権利というか、「そっとしておいてほしい」権利をデジタル時代に適合させたものなのだろうと理解しました。

いろいろな情報に接していると、to remain invisible onlineという表現、right to stop people from speaking about you(長い)という表現、検索可能性を欠くとObscurityだという論文も出てきます。プライバシーという用語が多義的/広すぎると感じている人が相当数いるのかもしれません。

Obscurityは忘れられる・・・と同じくらい漠然とした言葉のような気がしつつも、個人的には、Brill氏は、結局、「時の経過」のことを言っているような気がしました。削除請求者が公人かどうかや、公表の目的・理由その他内容の公共性も大切だし、本人が未成年か、対象情報がセンシティブかどうかは決定的に重要になり得ることはもちろんなんだけど、特にインターネットの時代には、やはり時の経過というものがカギとなるケースというのが往々にしてあって、そこでは他のプライバシー関連問題とは少し違う、固有の磁場が働く、米国はそこの問題意識は持つべきだし持ってますと。そういう意味では、Obscurityの意味を徹底追求してもせんなきことかもしれないですね。

Brill氏も、やはり表現の自由の観点からEUスタイルをそのまま米国に持ち込むことはできないと述べていますし、Right to Obscurityという表現やコンセプトが今後普及するかどうか分かりませんが、Brill氏の発言は、徹底して消費者側の目線に立っている、そして、米国とEUの違いをフェアにとらえようとしている、という点で、他のアメリカ人の受け止め方と大きく一線を画しているように感じられました。

right-to-be-forgotten

新しいカリフォルニア州法

それから、Brill氏の話に出て来ていた新しいカリフォルニア州法(消去ボタン法)は、2015年1月1日から施行されているPrivacy Rights for California Minors in the Digital World Actのうち、以下の2番目(下線部)のものです。比較的ニュースになっているので、ご存知の方もいるかと思います(一部和訳(仮訳)まで出ています)。

■ 18歳未満のカリフォルニア在住者に対する、酒、銃器、たばこ関連商品、くじ券・宝くじ、入れ墨関連サービス、猥褻なもの等の商品・サービスを宣伝・マーケティング禁止(注2)。

■ 18歳未満のカリフォルニア在住者に、ウェブサイトに投稿したコンテンツ(写真、ビデオ、コメント、名前、Eメールアドレス等)の削除請求の権利を認める(注3)。ただし、リポストされている場合等、例外規定あり(注4)。ウェブサイトには、未成年者に削除権があることや、その手続等について記載義務アリ。

(注2) これらの商品・サービスの宣伝・マーケティング目的で個人情報を使用、開示、蓄積することも禁止。第三者であるオンラインアド業者に広告につき委託した場合には、その業者に対して「子供向けだ」と通知していればOK。13歳未満ではなく18歳未満なので注意が必要です。

(注3) 登録した者のみ削除請求できるようにしておけばOK。なお、サーバに残っていても、閲覧できなくすればOK。

(注4) 例外は、①他の法律により削除できない場合、②対象コンテンツが請求未成年者以外の第三者により保管、投稿、再投稿、リポストされている場合、③コンテンツが個人を特定できない程度に匿名化されている場合、④請求未成年者が削除手続に従わない場合、⑤請求未成年者が対象コンテンツ提供に当たり対価を受けていた場合。

(注5) 2015年1月1日から、カリフォルニアではいくつかのプライバシー関連州法が施行されていますので、ついでにまとめておきます(最後のもののみ2016年1月1日施行)。

■ Data Breach Notification Amendments

事業者等は、情報漏洩が生じたときには本人に通知を行わなければならないが、情報漏洩がその事業者等自身によって生じた場合には、その事業者等に、(もしあれば)適切な個人情報窃取防止又は被害緩和のためのサービスを12か月以上の期間にわたって無償で提供する義務を新たに課す、取り扱う個人情報の保護のためのセキュリティ手続・運用に関する義務がかかる事業者を拡大、など。

■ Medical Information Breach Notification Period

医療関係機関による、個人情報漏洩事案についての州当局への報告期間を延長。情報漏洩によって影響を受ける者(本人)に対する通知期間の延長と通知方法のオプション拡大。

■ Safeguarding Pupil Digital Records

教育関連行政機関に、デジタル教育ソフトウェア・サービスを提供する第三者と契約する権限を与えると同時に、生徒の記録保護のための条件を定める、など。

■ Pupil Records and Social Media

学校等が、ソーシャルメディアから生徒の情報を収集・維持等する場合における、ルール、生徒側のアクセス権や破棄請求権等を定める、など。(立法対応が早いです)

■ Student Online Personal Information Protection Act

学校教育関連ウェブサイト運営者に対し、K-12(幼稚園から高校生まで)の生徒とその親に向けたターゲットアドを禁止、K-12の生徒の情報の一定の使用、販売等を禁止、など。

EUの「忘れられる権利」も、特にデータ主体が児童の時に、リスクを十分に認識しないまま、自分の個人データを投稿したり個人データに関する一定の同意をしたりしたときを想定して形成されてきたようですから、その限りでは、少なくともコンセプト的には、カリフォルニアとEUは全く同じだといえます。プライバシー保護の分野でも大体いつも他州がカリフォルニア州法を追随することが多いので、似たような法律が他の州でもできる可能性があります。

なお、日本企業にとって重要なのは、米国の「子供のオンラインプライバシー」に関する規制は、米国で(アメリカ人向けに)ウェブサイトを提供する場合にかかってくる可能性が高いという点です(注6)。

(注6) Privacy Rights for California Minors in the Digital World Actは、サービスがカリフォルニア州在住の未成年者に向けられている場合又はカリフォルニア州在住の未成年者がサービスを利用していることを実際に知っている場合における、ウェブサイト・オンラインサービス等のオペレータに適用されます。例えば子供を対象にしたアニメ提供サイトにはかかってくる可能性が高いです。子供のオンラインプライバシーに関わる連邦法であるCOPPAについては、別途書きたいと思っています。

Martin v. Hearst Corporation

最後、余談に近い感じになりますが、Martin v. Hearst Corporation (No. 13-3315, (2d Cir. Jan.28, 2015))という事件が、一部こちらで、忘れられる権利との関連で言及されています。

事件の概要(ざっくり):

2010年、原告は、薬物事犯で逮捕されたが、その後2012年、事件はDrop(注7)された。原告の住むコネチカット州法(刑事記録消去法)によれば、一定の要件のもと、後に訴追を免れた者の逮捕歴は、記録上削除されることとされていた。これにより、原告の逮捕歴は、同州法により公的に削除された

原告は、当時原告の逮捕を報じた新聞社に対し、「逮捕の報道はもはや真実でなく名誉棄損である」と主張し、名誉棄損、プライバシー侵害等を理由に提訴。

裁判所は、地裁も高裁も、「刑事記録消去法は、特定の司法関係手続との関係で逮捕歴を削除する」だけの一種のフィクションであり、「歴史的事実又は当時間違いなく真実であったものを虚偽に変えてしまうことはできない」として、訴えを却下

(注7) 不起訴処分的なことだと思います。

筆者が読んだ記事では、この裁判例につき、「忘れられる権利が第2巡回区では否定された」などと書かれていたのですが、そもそも本件では逮捕から訴えまでの時の経過は2年程度に過ぎないということに注意しないといけないし、去年5月のEUの判決の事案でも、EU又はスペインは、Googleに対する申立は認めても、新聞社に対する申立は退けているんですよね。そういう意味では、EUの事案をこのコネチカットの事案と並べて簡単にどうこう言うことはできないと思われます。なお、個人的な感想としては、刑事記録消去法という法律に関し、アメリカ人もけっこう過去のことを忘れられたがってるやん、となります(同種の州法はいくつかあるみたいです)。

こんな感じで、米国では、米国とEUの違いが強調される面があるようです。忘れられる権利に関しては、米国と欧州とでは、確かに基本概念から権利の強さ(広さ)まで違うところも多く、コチラのような日本語の優れたレポートをはじめ、いろいろな「違い」に関する分析がなされていると思いますが、アンケート調査でアメリカ人も61%が忘れられる権利につき総論賛成であるように、同じ問題意識のもと方向性を共有している部分もあるんだよ、という相互理解も、今後の国際協調にとっては必要かもしれません。一本スジが通っているEUに対し、米国が今後どう変わっていくのか、変わっていかないのか、引き続き見ていきたいと思います。

雑談はこの後も連鎖していく予定です。

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